姫路城観光にアクセス駐車場|行ってみたいお城NO1人気の白鷺城!


姫路城観光にアクセス駐車場|あの黒田官兵衛も城主を務めた事のあるお城です

姫路城白鷺城観光アクセス駐車場黒田官兵衛姫路城白鷺城観光アクセス駐車場についてこの記事をご覧いただきありがとうございます。

蜜柑の缶詰サイト管理人のミカンです♪

ミカンは2017年の3月に久々に大阪城へ観光に行き、お城の美しさ、自然と歴史の調和の感動に触れ改めて日本のお城の素晴らしさを知りました。

そこで時間をかけてでも行ける場所から定期的にお城の観光に行きたいと思い前回は和歌山城のご案内の記事を作成しました。

そこで今日はクイズ番組のさま~ずさんが司会のQさまなどでも、行ってみたいお城NO1になっている姫路城をご紹介させて頂きます。

大阪在住のミカンは隣の県にある姫路城には実は何度か行ったことがあるのですが、若いころに見た姫路城とアラフォーになってから見る姫路城ではまた見え方が変わって見えるのかな?

とも思いました。

というのも大阪城に久々に行った時に、若い頃に見た大阪城とは随分違った感覚で見ることができたからです。

この記事では姫路城ご紹介として

  • 姫路城白鷺城観光アクセス駐車場|見どころ
  • 姫路城白鷺城観光アクセス駐車場|データにアクセス
  • 姫路城白鷺城観光アクセス駐車場|黒田官兵衛も城主を務めた名城

以上の項目に沿ってご紹介させて頂きます。

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姫路城白鷺城観光アクセス駐車場|見どころ

姫路城白鷺城観光アクセス駐車場黒田官兵衛黒田重隆の居城を羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)が改修したのが天正8年(1580年)、関ケ原の戦いの後、池田輝政が入り大改修をおこない、連立式天守を完成させました。

その後、本田忠政が入城して西の丸などを増築し現在の姿になりました。

姫路城は天守群の美しさ、複雑な縄張りなど、本当に見るべきところが多い名城中の名城です。

このお城を世界一だと絶賛する外国人観光客の方々も多いとの事。

数多く残る城門を巡りながら、技巧的、実践的な築城技術が堪能できます。

姫路城白鷺城観光アクセス駐車場|データにアクセス

姫路城白鷺城観光アクセス駐車場黒田官兵衛

姫路城データアクセス

別名:白鷺城(はくろじょう)(現在ではしらさぎじょうと呼ばれることも多いです)

城地種類:平山城

築城年代:天正8年(1580年)慶長6年(1601年)

築城者:羽柴秀吉、池田輝政

主要城主:豊臣氏、池田氏、本多氏、松平氏、榊原氏、酒井氏

文化財史跡区分:国指定特別史跡、国宝8件(大天守、東、西、乾小天守、イ、ロ、ハ、二の渡櫓)

近年の主な復元・整備:平成21年から27年まで約5年半をかけて修理を実施。

天守の現況・形態:望桜型 五重六階地下一階 木造

アクセスに駐車場

最寄り駅:JR山陽本線 姫路駅・JR播但線 京口駅・山陽電鉄 山陽姫路駅

駐車場姫路城周辺駐車場:城巽パーキング案内はこちら

姫路城白鷺城観光アクセス駐車場|黒田官兵衛も城主を務めた名城

姫路城白鷺城観光アクセス駐車場黒田官兵衛姫路城は最初に赤松貞範に築城された姫山城の頃から、播磨姫路藩最後の藩主酒井忠邦が城主を務めるまでに49人の城主が居ます。

その中であの大河ドラマの主人公にもなった天才軍師黒田官兵衛こと黒田孝高も城主を務めた事があるお城なのです。

黒田孝高は中国攻めを進める織田信長の命を受けて羽柴秀吉が播磨に進駐すると、孝高は姫路城を秀吉に献上し、自らは国府山城に移りました。

1567年から羽柴秀吉に城主が変わる1580年までの13年間あの黒田官兵衛が城主を務めていたお城なのです。

その後はのちの豊臣秀吉こと羽柴秀吉から弟の羽柴秀長に城主は移り変わり、徳川の世となった江戸幕府以降は徳川四天王の井伊家以外の本多家、榊原家、酒井家が主に姫路城の城主を務めました。

まさしく名門が歴代城主を務めた歴史的に見ても凄く意味のある価値のあるお城なのですね。

ミカンも長らく姫路城には足を運んでいませんが、機会を見て近いうちにまた姫路城には行ってみたいと思います。

その時にはこの記事に追記で実際に行った風景や感想なども更新したいと思っております。

この記事でご紹介させて頂く内容は以上となります。

最後まで記事をご覧いただきましてありがとうございました。

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